佐竹律からお送りします

死にたい訳ではないけれど、生きたい訳があるでもない。死んだ方が良いかなと思いながらも消極的に生きている。そんないつまでも未成熟な私の普通で平凡な今日

一歩踏み出す事は絶壁の亀裂を飛び越える事に似ている

一歩踏み出す事は絶壁の亀裂を飛び越える事に似ている。

 

私の事をよく知っているあなたならきっとわかってくれると思うのです。

共に歩く人の後ろを歩く。

前にいてくれれば、どこへ向かうのかわかりやすいから。

前にいてくれれば、話しかけられないから。

前にいてくれれば、目を合わさなくて済むから。

 

だから、横に並ぶために一歩を踏み出すことなんて考えもしないのです。

 

あなたならこう言うでしょう。

君ならね、と。

 

影よりももっと厚みがあり、気配というにはもっと物質的で。

そんな塊が後ろから一歩前に出て来た、そう思った瞬間ににっこり笑われる。

 

あなたならわかるでしょう。

 

断崖絶壁を越えてきたような一歩に思えた事を。

 

隣に並ぶその一歩は絶壁の亀裂を飛び越える事に似ています。

 

(振り向かなくていいから前だけ見ていてと言ったあなたへ)

夕陽は砂糖菓子

夕陽は砂糖菓子。

緑の葉っぱの上に広がる橙色の光を見ると私はいつも粉砂糖をまぶした砂糖菓子に見えていました。

逆上がりを練習した小学生の時も

丘の上の校舎から落ち葉を蹴飛ばして帰った下校した中学生も

教室に居残った高校生の時も

1人散歩した大学生の時も

私は1人で舌先を出してその味を確かめようとしました。

 

今はどう見えるのでしょうか。

いつも帰る時は真っ暗で、夕方の味を確かめる機会は減りました。

 

夕方の味はまだ甘いのでしょうか。

 

オレンジ色の明かりに染まったアスファルトの道路で舌先を出しても味はよくわかりません。

 

(一度夕陽の光の中一緒に歩いたあなたへ)

自分を孤独にするのは自分だと聞いたので、飲むヨーグルトを飲み始めました

自分を孤独にするのは自分だと聞きました。

 

何の話だかわかりますか。夜の写本師という物語の中に出てきたセリフです。

貴女は読んだことがありますか。どんな本を読むかなんて話すらほとんどしてきませんでしたね。

自分を孤独にするのは自分。

よく言ったものです。私は貴女がどんな本を読むのか、私がどんな本を読むのかそんな話すらしてこなかったのです。

この3年間。

もし、私が自分の事を孤独だと大層な事を言うのであれば、確かに私を孤独にしたのは私だったでしょうね。

そして、貴女はうなずく事でしょう。

貴女の言動1つ1つにイライラした私は、――

 

飲むヨーグルトを飲み始めました。

 

カリカリしている人によく言うではないですか。

カルシウムをとれ、と。

それです。

私を孤独にした私が少しだけ変わった部分。

それを貴女は目ざとく見つけて、私はそれが意外だったんです。

私を孤独にした私が少しだけ変わった部分。

 

それを目ざとく見つけた事に。

 

今日、私はあなたに1度もイライラしなかったと、そう言ったら、あなたは喜びますか。それとも、これまでの私の感情を嘆きますか。

 

今日、私はあなたに1度もイライラしなかったと、そう言ったら、あなたはどう言うでしょう。

 

(今日、私の傍を通り過ぎるとは私をつついて行ったあなたへ)

生きるための遺書

よく生きることが出来ないから死ぬことも恐い。

ゲド戦記のセリフだったでしょうか。それも原作ではなくて、ジブリの。
とてもあいまいな記憶です。

あの頃は意味がわからなかった、
生きたくも死にたくもないという矛盾の意味。
死にたいなら死にたくて
生きたいなら生きたいはずと思った幼い私。
あなたは近い時期に上映されたハウルよりもゲド戦記が好きだと言い、私はハウルの方が良いと言いました。
もしかするとあなたはこの言葉の意味を理解して、私は幼いながらに理解することを恐れたのかもしれません。
未来にその意味がわかる自分の状態を想像して。
それがきっと漠然とよくないものだと悟って。

語弊を恐れないなら、これは遺書です。
私より年上のあなたに遺書を送るなんてひどい話ですが、勘違いしないでください。
これはよく生きて死ぬための遺書です。

死ぬための文章を遺書と呼ぶなら。


(正反対だと思っていたのに最近似てきたと思うあなたへ)